旅は道連れ世はつれづれに。主にアナログゲームや玩具について赴くままに描き募るブログ。長女と次女の成長記録もちょっとあり、です。
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自問自答
2006年01月24日 (火) | 編集 |
昨年末あたりから、微妙に鬱になっている。
鬱といっても仕事も(一応)しているし、家庭で不和が起きたりしている訳ではないが、気が付くと、会社でも家でも厭世的にぼおっとしている事が多い。
小さい頃からそのような傾向があるので、大よその原因は分かっているのだが、結局、自分には本気で取り組もうとする意欲が欠けているのだと思う。

良いのか悪いのか、勉強などは何もしなくてもそれなりの成績を取って普通に大学に行けたし、手に職を持っているために就職などで苦心したこともあまりない。だが、今、考えると、やはり学校でも塾でも同じようにぼぉっとしていて真面目に取り組んでいなかったし、学生時代は友人関係、趣味、勉強、すべてに淡泊であり、生きている実感に乏しい半生だった気がする。
順調と言えば順調で、大きな起伏がないぶん幸せのように思えるが、つまりは目標がなく、ただ妥協の産物を繰り返しながら、流されて生きているだけに過ぎないようにも思える。

現状では、幸いデリコなどの音楽を通じて良い友人と多くめぐり合う事ができたし、家庭でも勿体ないぐらいの子どもが授かれたので、自分に関わるものに関してはとても幸福な人生を送れているが、一方、自分の内面に目を向けると何も改善されていることに呆然とするばかりだ。例えば直樹やKUMIが音楽に打ち込んでいる姿を見たりすると、一体、自分は何をやってきたのだろうか、と己の立場に愕然とすることが最近はままある。これは自分の残りの人生でできることが限られていている焦りなのかもしれない。

物事は積み上げなくては達成できない以上、少しづつ自分を変えていく必要があるのだろうが、幾度も決意した上で、結局は日常に流されている自分に気づく。非常に不甲斐ない。

今までに自分のことで渇望し本気でやったことと言えば、情報処理の資格関連と、図書館の司書を取った時のみ。これから人生で、自分に誇りを持てるような日が来るのだろうか。

こればかりは自分の努力にて少しでも人生の濃度を上げ、発奮するしかない。取り合えず目の前のものから片付けていくしかないのだろう。

コメント
この記事へのコメント
ワルツが、愕然を関係しなかった?
2006/01/26(木) 13:08:00 | URL | BlogPetのワルツ #79D/WHSg[ 編集]
私は、漠然とした不安とか、虚無感とか、
ふとした時に感じることがあります。
器用貧乏で、だいたいの事は人並みにはできるんだけど、これだけは誰にも負けない!ってものがないので、私の人生これでいいのか?と。
みんなそんな事を考えながら、頑張って生きてるのかなぁ。
2006/01/25(水) 21:26:00 | URL | みーちか #-[ 編集]
>みーちかさん
レスありがとうございます。
あー、私の不安も似たようなものかもしれませんね。
器用貧乏は個人的には凄い才能だと思うんですが、私も含め、そのような人は、突出した一つの才能を羨むのかもしれません。隣の芝生かもしれませんが(^_^;
まあ、できるところから一歩一歩やっていくしかないですかね。
まだまだ自分には力があると信じて頑張っていきたいです。
>ワルツ
よけいなことは言わないように(笑)
2006/01/26(木) 23:53:00 | URL | ぐんま #-[ 編集]
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