旅は道連れ世はつれづれに。主にアナログゲームや玩具について赴くままに描き募るブログ。長女と次女の成長記録もちょっとあり、です。
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仮面ライダー×仮面ライダー W&ディケイドMOVIE大戦2010
2010年01月03日 (日) | 編集 |
昨年の31日朝に見に行きました。
イオンシネマで観覧したのですが、予約した30日がシネマ感謝デーだったので1000円で見ることができ、お得でした。

こんな年末に特撮映画なんて…とも思いましたが、よく考えると過去の正月には「ゴジラvsビオランテ」を一人で見に行ったこともあったので別段問題ないか…と思い直しました(違)。


以下、ネタバレ感想。


まずディケイド編ですが、ネットなどの情報で一足先に「テレビ版の謎はまったく解かれない」ということを知ってしまったので、事前にガッカリしてしまったのですが、逆に、この映画をテレビの続きではなく単なる完結編として純粋に見ることが出来たので、結果的には精神衛生上、とても良かったと思います(笑)

伏線の投げっぱなしについては世論でも賛否両論(当然、否が多い)あるようですが、既にどう考えても回収不可能になった謎を無理にまとめるより、サンクコストとして現時点である材料のうち、中核となる要素だけ取り出してパラレル的な話にしたのは、一つの上手い解決方法であったと考えますね。

無論、個人的には全ての筋が有機的に結びついた方が美しいのですが、テレビ版の後半を見る限り、路線変更しまくったせいで、既に多くの矛盾を含んでいて、綺麗に再構成することは不可能のようにも感じましたからね…。

問題があるとすれば、テレビ終了後に予告していた「もう一人のツカサ」や鳴滝の正体、ユウスケが悪人顔で「世界は自分が貰う」などが、映画ではまったく現れず、まったくの嘘予告であったことですかね。予告が本編に使われないことはよくあることですが、ここまでいくと詐欺と言われても仕方ないレベルかと…(汗)。


さて、内容に触れますと、冒頭はライダー大戦の中、昭和・平成のライダーを次々に倒して自らのカードにしていくディケイドが描写されます。最後には、生き残りのライダーであり戦友でもあったユウスケ=クウガをも倒し、事実上での世界の破壊者となります。

高速飛行で逃げるスカイライダーを、どこまでも追いかけるディメンションキックで殲滅するシーンや、クロックアップとインビジブルの連続起動で、スーパー1とカブトを葬り去るディケイドは、ツカサの狂気を感じさせるほど衝撃的な開幕シーンでインパクトは十分でした。

テレビ版最終回の「平成ライダーに囲まれた中、ディエンドに撃たれて終了」は当然のようにスルーされてますが、まぁ、このあたりは「実はディエンドがインジビブルで逃がした」と脳内補完できないことはないですからね。
え?キバーラーによって狂戦士状態で復活したユウスケはどうなったかって?
まぁ、あの後ドラゴンボール並の過酷な修行をしてアルティメットに慣れたんですよ…。触れられることは永遠にないけど。

あと、このあたりでは電波人間タックルという「仮面ライダーストロンガー」に出てきた女性ライダーがツカサにつきまとう役として出てきます。
本編で殉職したにも関わらず人々の記憶に残ってないところが、“どこにも居場所がない”というツカサの共感を得るというところは、リバイバルキャラとして使い方が上手いとは思いますが、いかんせん、今回でも“実は死人だった”という意外な展開にも関わらず影が薄いところは意義が薄いなぁ、と感じます。

映画だけで唐突に出演したうえ、本筋とほとんど絡みませんでしたから当然とも言えますが、もうちょい良い役割はなかったと思いますね。
一緒に見た妻は彼女のことを知りませんでしたが、結局、今回でも全然記憶にも残っていなかったみたいですし(汗)
私の記憶も、蜂女に一矢を報いた彼女よりも、夏海を助けたにも関わらず、最後まで“コイツは誰だ?”という目で見られたことだけが鮮明に残ってたりして…。


さて、そんな無敵のディケイドですが、彼を止めるべく仮面ライダーキバーラとなった夏海に(自ら?)倒され、それにより各ライダー世界は再び復活します。
それと引き替えになったツカサの死に、ユウスケ・夏海・海東が悲しみますが、彼のカメラに唯一残っていた写真に思いをはせることによって、ツカサもベルトと共に再生されます。

このあたりは、あまりに展開がメタすぎるので感想として触れるのもアレなのですが、結局ワカランかった妻のためにも簡単に書きますと、

・ライダーの各世界は時間と共に(視聴者に忘れられ)風化していく運命
・ただし、ライダーと戦う宿命を持ったディケイドと戦うことにより(視聴者に再びインパクトを残すことで記憶に残り)再生された
・ツカサは、その再生機能(お祭り企画)のためだけの存在だったために独自の物語がなく、役割を終えたために死を遂げる運命だったが、その旅が、夏海やユウスケを始めとした各世界の住民(そして視聴者)の記憶として深く残っていたため復活できた。

という流れになりますね。
まぁ、当初の「世界が融合するために消滅の危機にある」とかの設定は完全無視な訳ですが…。


この後は、ツカサ・ユウスケ・海東・夏海たちと、復活したスーパーショッカーの最後の戦闘になります。

このあたりは何も考えず、締めのための(笑)最終決戦に入ります。
夏海のライダーキバーラがなかなか格好良く、駆けつけたパラレルライダー達との共闘もなかなか熱いものでした。

夏海の祖父、光太郎や、鳴滝までをも巻き込んだショッカーとは何者か?という意見もよく見られますが、まとめるならば、結局は「ライダーに対抗するための思念」といったところでしょうか。その邪悪な思念が彼らを取り込んだ…と考えれば、実態の存在しない、この組織も多少は理解できるのでは、と思います。

また、よく映画冒頭でディケイドと戦っていたのが、パラレル世界のライダーなのか、本当のライダーなのかは、よく議論があるようですが、私的な意見では「本物ですが、本人ではない」というところでしょうか。
その理由として、本物のワタルがディケイドに期待していたのは「パラレル世界のライダーを倒すことで、本人のライダー世界も復活させる」ことだったのに、意に反してパラレルと仲良くなったしまったため、代替として「自分達の完全なコピーのようなもので」ディケイドと戦い、目的を達成したという考えです。
(本物が全滅した割には、ワタルは余裕でしたからね)

しかし、この推理だとワタルを初めとした本物ライダー達は、ディケイドを捨て駒に利用することを前提にしているため、なかなか酷いですよね…。そりゃツカサも性格がねじ曲がってしまう訳ですよ…。

ただ、全ライダーの能力を持つ最強のチートキャラ、ディケイドが一番輝くのは、やはり敵と対峙する時ではなく、ライダーと敵対する時だということも事実だと感じました。
正直、敵と戦うのにディケイドが本気を出したら、あまりにも余裕すぎますからね…。そのためか邪悪な敵と戦うディケイドはいつも温(ぬる)く、今回もダミードーパントという雑魚にいつまでもチマチマと戦っていたりします(笑)



もう一つのWの話は、死人が復活するという町の事件に絡んで、翔太郎とフィリップが出会った過去の事件(第一話の冒頭)について回想します。
大筋を簡単に言うと、この事件で死んだはずのおやっさんが敵として何故か生き返ったことにより翔太郎が大きく動揺。それをフィリップが支える…といった感じになりますが、かなり面白かったです。

過去の事件では、翔太郎は自分の決断ミスで、フィリップを救出するチャンスを逃し、それがおやっさんを結果的に死にいたらせしめたことを悔やんでいましたが、そんな翔太郎に、フィリップは自らは決断せず、ただ組織に属してガイヤメモリの製造に関わっていたことを悔やんでいることを告白します。
翔太郎だけでなく、フィリップもおやっさんに諭されたことで今の自分がいる…という意外な結びつきが見事でしたね。

そんな共通した認識を持つ二人が心を通じ合わせ、ニセのおやっさんを「依頼人を守るためなら、本当のおやっさんでも倒す!」という翔太郎の自らの意志で打ち破る姿はかなり熱かったです。

また、おやっさん役の吉川晃司は、相当に渋くて格好良かったですね。
変身するスカルライダーはディケイドの旧式のような武装だったのですが、それだけの武器で的確・大胆に敵と渡り合うおやっさんがツボでした。

ディケイドは戦闘シーンメインでしたが、こちらは逆に重厚なストーリーがメイン。逆に戦闘シーンが物足りなくて、組織ビルからの脱出や、ファング形態でのタブーとの立ち回りはもっと派手にやってほしかったところですが、このあたりは全体の映画としてのバランスを考えたのでしょうかね…?

また、これもディケイドとは逆に本編とリンクさせすぎて、映画だけでやってよいエピソードなんかなぁ、という気持ちもあります。
フィリップ救出を依頼した謎の人物や、ダブルドライバーの開発者などの伏線は、今後テレビでも出てきそうなんですが…。
このあたり映画を見ること前提なのか、何らかの上手いフォローが入るのかは気になるところです。

あと個人的には父親の話なのに、亜樹子の扱いがあまり良くなかったですね。あまりやると翔太郎の話のピントがぼけるからなんでしょうけど、最近の彼女はユウスケ並に不遇ですねぇ(ギャグシーンだけ優遇されてるけど)。


ラストは、尻切れトンボで終わった両作品の世界が融合し、本当の最後の決戦になります。
場面の合体自体はかなりの力業だったのですが、“記憶”というテーマで結びつけた構成力はかなりのものだったと思います。
ラストのパラレル世界のおやっさんが翔太郎を認めるシーンは、なかなか感動しましたしね。


さて、今回の映画。総評するとかなり楽しめたと思います。
ただ楽しむためには、かなりハードルを下げて、なおかついくつかの予備知識が必要なので、かなり人を選びそうなところが難点でしたが…。
隣で子どもに連れられていたオジサンが「さっぱり分からん」と何度も言っていたのが印象的でした(笑)


長かったディケイドもこれで終わりです…。
…ん?前に私が作ったディケイドの謎リストはどうするのかって?
こんな何も解明されてない状態で書いても、ただの脳内補完にかならないのですが…それでも書く必要性があるのかなぁ。

おのれディケイドゥ…。
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